いつかの東京オリンピック

昔に書いた、こんな作文を思い出した。

 

 

 

 

 

 ほぼ確実にありえない、夢の話をします。

 

 私はオリンピックに憧れます。出られるものなら出たいです。種目は陸上競技の400mハードル。夏季オリンピックで行われる競技なので、私が出場することになるのは6年後、東京オリンピックです。その時私は24歳になっています、それまでに私は練習に練習を重ね、夏季オリンピック世界陸上などの大会で強い人を研究し、じわじわと記録を伸ばしていきます。

 

 そして東京オリンピックの選手を選考する大会で私は日本一になります。中学・高校時代に全国大会出場の経験がない私が突然現れ、周りの選手は皆、驚きを隠せません。そんな中で私はオリンピックの代表に選ばれ、他の日本人選手と交流を深めながら選手村に入ります。選手村はとても綺麗で、ボルトや室伏など、トップアスリートがあらゆるところにおり初めは慣れずに困惑します。ですがどんどん慣れていき、私は外国人選手と英語でコミュニケーションをとり、ライバルとしても友人としてもとても良い関係を築きます。

 

 そして試合当日。まずは予選です。周りの様子も見ながらとりあえず流し気味で走り予選を突破します。準決勝では白人選手と黒人選手ばかりですが、そんなことは初めから分かっていたと気持ちを落ち着かせ、全力で走ります。その結果、ギリギリ決勝に残ることができます。陸上競技で日本人選手が決勝に残ることは中々ないため、女子ハードルの歴史が変わったと日本のメディアは大騒ぎです。

 

 そし決勝、私は1レーンを走ることになります。1レーンは比較的苦手ですが、日本の期待を背負い、全力でスタートします。アドレナリンが出て体が少し軽く感じられ、走り終わると、走っていたことが一瞬に感じられます。結果は5位入賞、とりあえず決勝に残るという目標を達成できたので、安心しました。そしてすぐに次の目標、メダルを獲るために練習を始めます。

 

 こんな妄想を膨らませながら私は、平凡な人生を生きています。

 

 

 

 

 

 高校の国語の授業で、自由に書いていいと言われた作文だ。

 

 私はこの時、陸上部に入っていない。400mハードルなんてしたことがない。それで、ここまで書いたのかと、過去の自分に対して笑ってしまった。

 まず初め、「ほぼ」なんて付けているが絶対にあり得ない。この頃の私はごくごく微量の可能性すら捨てられなかったのだろうか。

 

 そして5位入賞という、謎のリアル感。いや、何もリアルじゃないことは分かっているのだが、ここまで妄想を膨らますのであればどうせなら金メダルを獲ったことにしてもいいんだよ、と、妄想内の自分を甘やかしたくなる。

 

”6年後、東京オリンピックです。

  その時私は24歳になっています。”

 

 東京オリンピックは、今から3年後。

 ただただ確実に、時間は進んでいる。

 この3年で私は成長したのだろうか。高校から大学へと通う場所が変わり、10代から20代へと、子供から大人へと、物理的に変化は起きている。

 

 これからの3年で、私はどんな成長ができるのだろうか。

 どれだけの夢を叶えて、いくつの夢を諦めているのだろうか。幼いながらも、もう大人だ。全てを叶えることはできない、ということは分かっているつもりだ。

 でも、3年間で、今よりも自分が好きな自分になりたいと思う、そんな夢は、叶えたい。

 

 3年後の東京オリンピックは、「平凡な人生を生きて」いる自分に、どう映るのだろうか。